2021年1月国立劇場

「四天王御江戸鏑」

 福森久助作の顔見世狂言「四天王御江戸鏑」の十年ぶりの再演である。この狂言は三代目菊五郎が梅幸から菊五郎を継いだ襲名披露狂言であり、音羽屋の家の芸である「土蜘」の原点として大事な狂言である。それを十年前に現菊五郎が復活。その時は菊五郎が謀反人平良門と中組の綱五郎実は渡辺の綱の二役だったが、今度は良門を松緑に譲って綱五郎一役。茨木婆と源頼光の二役だった時蔵が今度は頼光を梅枝に譲って茨木婆と一条院の二役。これに前回通りの菊之助の女郎花咲実は土蜘蛛と松緑の平井保昌を加え、脚本も短くして代替わり、改訂版の「四天王」である。
 序開きに万太郎の三番叟。続いて序幕は相馬御所で、松緑の持ち場。といっても良門謀反の筋を通すだけである。ここは顔見世の「暫」だったのだろうが、その洒落も中途半端で分かり難い。菊之助の土蜘、楽善の鯰、万次郎の女鯰、時蔵の良門の伯母真柴、団蔵の西光坊典山。
 二幕目が京都羅生門河岸中根屋の座敷。ここで菊五郎の中組の綱五郎が登場して、敵役から劇場の案内係、幕引きの大道具にまで「お土砂」を振りかけてぐにゃぐにゃにしてしまう大喜劇。廻って次が女郎花咲の部屋。綱五郎と花咲の濡れ場。原作では新内だが、今度は長唄でごくアッサリ。長唄は杵屋巳津也、巳太郎ほか。菊五郎の綱五郎は歳は取っても粋なところを見せ、菊之助の花咲はキレイで十年前とは違って色気も十分。ただ一寸見せる土蜘蛛の精は、仕掛けが大したことがなく、凄味も極く僅かで物足りない。時蔵の茨木婆は、初演が敵役の名優五代目幸四郎にはめて書かれたものだけに、立役のものであって女形の役ではない。これを時蔵が工夫はしているが面白味が薄いのも否定できない。森右衛門に片岡亀蔵、若い者に権十郎、鳶の者に彦三郎、坂東亀蔵、橘太郎。手揃いではあるが、それほど腕を見せるところもなく残念。台本にも演出にももう一工夫二工夫欲しいところである。
 三幕目は二条大宮の頼光の館とその寝所。この頼光館が今度の芝居で一番面白い。頼光お預かりの内侍所の御鏡の詮議のために、一条院の使者として弁の内侍が来る。困った平井保昌は弁の内侍が惚れている渡辺の綱を取り持ちに出そうとするが、綱は行方不明。一計を案じた保昌は、綱にそっくりの鳶頭綱五郎を連れて来て渡辺の綱にして接待に出す。喜ぶ弁の内侍。しかし顔は似ていても鳶の者の綱五郎はしどろもどろ。そこへ羅生門河岸から花咲と茨木婆が乗り込んで来る。ますますてんやわんやになる喜劇である。この二人妻の趣向が、菊五郎の綱五郎を間に置いて、菊之助の花咲、右近の弁の内侍で面白い。ドタバタとはいえあっさりした品のいい喜劇になっている。廻って寝所。ここに突然袴垂保輔が現れ、平井保昌と双子の兄弟と名乗って、盗んだ御鏡を渡して切腹する。綱五郎と綱、保昌と保輔。これが二場で対照になっているのだが、前者はともかくも後者は突然なので分かり難い。それにいくら瓜二つの双子とはいえ、頼光が保輔を保昌と別人と分からないのも不自然。折角の松緑の保昌、保輔の二役も、保昌はいいとしても、出て来て一人で喋って切腹する保輔は、芝居を見せる暇もなく、その分映えない。梅枝の頼光は、やっぱりこの人は女形の人である。
 大詰は、最初が山奥の土蜘蛛退治と、続いて北野天満宮。前の場で退治された菊之助が早変わりで大宅太郎光圀になり、後の場で菊五郎の綱らとともに一座総出で松緑の良門を取り囲んで幕になる。全四幕で幕間を入れて三時間。コンパクトになったのはいいが、なり過ぎて話の筋がしばしば分からず、芝居としてのコクも薄くなった。

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『渡辺保の歌舞伎劇評』