2021年11月歌舞伎座 第三部

忠臣蔵外伝

 猿之助と幸四郎が脇へ廻って若手たちを赤穂四十七士にして活躍させようという「忠臣蔵外伝」は近頃なかなかの好企画である。
 黙阿弥の「十二時忠臣蔵」から「南部坂雪の別れ」を抜いて、渡辺霞亭の「土屋主税」を加えて、戸部和久補綴、石川耕士構成演出、猿之助演出の二時間半。まことに手際よく纏まっている。
 序幕は「仮名手本忠臣蔵」の大序そのまゝ。口上人形が幸四郎と猿之助の声で二体出て愛嬌を振り撒き、後はカット版ながら本式通り。顔世が館へ立ち帰るまでやって、堪り兼ねた若狭助が師直に刃傷すると、すぐ居所替わりで桃井家の奥御殿になり、御簾が上がると若狭助が「さては今のは夢であったか」という洒落た趣向。
 ここは今度一番の当りの猿之助の師直が収穫。カット版とはいいながら一際スケールが大きく、ことに「黙れ、若狭」の語気の鋭さ、憎々しさ、まずは一番の逸品。カット版でなく見たい。
 対する幸四郎の若狭助は、夢という設定だからか、意外に怒りの気配が薄く、これでは師直を切る筈もないと思う。隼人の判官、右近の顔世、新悟の直義。いずれもニンはピッタリで、十年先にはこの顔触れが「仮名手本」を背負って立つのかと思う。
 道具替わって桃井家の方は、ここへ小浪が父加古川本蔵の使いで若狭助に暇乞いの手紙を持って来る。そこで若狭助がさては本蔵は大星力弥の手に掛かるな、と「九段目」を予見するのは少し茶番めく。もっともこの位のスピードがなければ、二時間半で引き揚げ迄はいかれないか。
 幸四郎の若狭助は、ここで大序の不出来を取り返して、爽やかな殿様ぶり。米吉の小浪はいい年配の娘形だが、若狭助が本蔵の手紙を読んで思案している間、何の気もなく顔を上げているはよくない。彼女がどこまで父の手紙の中味を知っているかは知らず、知っていればいたでその上の思案が無言のうちに芝居になるべきで、この無関心な表情が幸四郎の芝居の邪魔になっている。
 錦吾の井浪伴左衛門は、たしか「本蔵下屋敷」からの人物だが、もっとベリベリとした敵役でありたい。
 三場目が稲瀬川の川端(むろん大川端だが)。ここで赤垣源蔵の徳利の別れと「槌谷主税」の滝田新左衛門の妹お園が大鷲文吾のツテで槌谷家へ奉公に上がった売りがあるが、後者はともかく前者は雪の中突然源蔵の姉が来かかるという設定にも無理がある。
 福之助の赤垣源蔵はこの台本では芝居の仕様がなく、廣太郎の新左衛門もただの筋売り。笑也の源蔵の姉も性根が決まらない。
 その後が南部坂になる。ここの二場が今月の外伝の中ではもっとも「十二時忠臣蔵」の原作に近く、さすがに黙阿弥だけあって芝居としても纏まっている。
右近の顔世すなわち葉泉院は品格があるのがいい。ここでは猿之助が戸田の局に出るが、台本がカット版だし、芝居に情がない。
 門外になって幸四郎の清水大学は、由良助を足蹴にする憎々しさは今一歩薄いが、酔っぱらった芝居はさすがに巧く、舞台が大きい。
 さてこの場の収穫は歌昇の大星由良助。出たところスケールが小さいのは是非もないが、せりふがしっかりしているのと、葉泉院に位牌で折檻されるところのウケの芝居はあまり動かずにいるのはいいが、その分精神の動揺もそれを堪える苦痛が鮮明でないのは困る。しかしこの後の連判状を戸田の局に渡してからの、感情自ずから迸り出る具合はよく、見る者の胸を打つ。今度のこの芝居ではすでに触れた通り猿之助の師直第一、幸四郎の二場目の若狭助第二。続いて第三、若手でトップの出来はこの歌昇の由良助。「外伝」とはいえ、この若さで歌舞伎座の大舞台での由良助の初役、それを見事に仕こなしたのは大手柄である。この場の葵太夫、慎治もいい、
 幕間二十分の後の、二幕目第一場は「槌谷主税」。隼人の槌谷主税は、ニンにピッタリでいいが、さすがに渡辺霞亭が初代鴈治郎向きに書いた台本。上方役者の技巧沢山の面白さ、ねっとりとした味がないと面白くない。
 新悟のお園、猿弥の其角。
 隣の屋敷の討ち入りの剣戟の音を聞いたところで舞台が廻って、いつもの討ち入りの泉水の剣劇の立ち廻り。幸四郎の清水大学の最期を見せて、もとの槌谷邸になって大鷲文吾が出る。
 右近二役の大鷲文吾は、あの葉泉院から変わって見せたというだけ。泉水の立ち廻りに鷹之資の大星力弥が出る。
 さらに廻って花水橋引き揚げ。歌昇の由良助以下義士たちの勢揃い。
 幸四郎の桃井若狭助が駆け付け、小浪を連れて来て力弥に引き合せてこれも決着がつく。
 最後に「ハムレット」のホレイショよろしく、語り部としての猿之助の河雲松柳亭が出て一座が勢揃いで打ちだし。

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『渡辺保の歌舞伎劇評』