友枝昭世の「隅田川」
なにに例え様もない舞台であった。
舞台には、子を失った母の、いわば涙とか悲しみとかいった感傷的なものを超えた大きな力が溢れ、それが客席に押し寄せて来る。その力は感情に流されぬ、もっと大きな力であった。友枝昭世の能「隅田川」。十一月三日、友枝会、国立能楽堂。
はじめ友枝昭世のシテ——梅若丸の母は、母その人になり切っている。当然のことだが、それでも能の様な様式的な演劇でここまでリアルにするのかと思う程であった。心持ち一つで全てが繋がっている。空を飛ぶ都鳥を見ても、業平の歌を口ずさんでも、船頭と話をしていても梅若丸の母その人であった。
その女が船を降りて船頭から梅若丸の死のありさまを聞く。子供が死んだのはいつ、子の歳は幾つ。座って顔を俯けた女があたかもその事実から逃れようとする様に舞台下手からジリジリと廻ってついに死んだ子こそまさしく梅若丸と分かるまで、舞台を座ったまま一回転する。こう書けばなんでもない様に思えるだろうが、このジリジリと少しづつ動いて行くにつれて、事件の真相に近づいて衝撃が深く大きくなって行く具合は、小さな動きにもかかわらず舞台全体に大きな力が溢れて、それがさながら女の体を鷲掴みにする如く、またそれに対抗して女の体から何かが迸る如くであった。それを運命とでもいえばいいか、そういう黒い大きな力が彼女の体を包み、包まれた体から恐怖に耐えている人間の力が目に見えて沸き上がり、四方に散って行った。その力はリアルでありながら、このドラマの象徴的な構造を明らかにして、私を圧倒した。そこにあったものは、子を失った一人の母親の悲しみといったドラマではない。人間を押し潰す運命の滔々たる流れの恐ろしさであった。
真相を知った女は一瞬呆けた様な、茫然自失、空漠たる表情になる。人間はなにごとに出会えば、こんな表情になるのか。隅田の川べりである日起こった人間と運命の闘いは、一人の女の存在を超えてもっと深く、もっと大きく恐ろしいものであった。女の表情は、その嵐の過ぎ去った後の廃墟に過ぎなかった。
船頭が塚の前に女を連れて行く。
そこで女は、恐ろしいことをする。我が子を求めて土を掘り返そうとするのである。今までもこの件はあったのだが、私は単なる形容だと思っていた。しかし今日はまさに本当に女が土を掘り返そうとしている。物狂いとはいいながらゾッとする様な異常さであった。
そこへ地謡が襲いかかる。今日の地謡は香川靖嗣を地頭に、友枝一門選りすぐりの顔触れでしかも絶妙に揃っている。それは決して静かに叙景をする地謡ではなかった。ある時は女に寄り添ってその心を引き出し、またある時は襲いかかる勢いであった。ある時は女の周囲から、ある時は女が掘り返そうとしている地底から、そしてあの塚から聞こえて来る梅若丸の声として女に襲いかかった。そこに女と対立する運命の黒い影の力が鮮明だった。
御承知の通り、この塚から梅若丸の霊として子方を出すか出さないかは、作者観世元雅と父世阿弥の親子以来議論が分かれるところである。友枝昭世も一昨年五月の舞台では子方を出したという。しかし今日は子方を出さなかった。出さない代わりにこの地謡である。シテの女は地謡と対立し、地謡と闘う。地謡は単なる叙景ではなくある時は梅若丸の声となり、ある時は女を襲う黒い運命の力になり、ある時は女をやさしく包み込む世界になる。そういう世界が存在することを、私は今日まで知らなかった。私が今日知ったことは、子方を出すか出さないかという演出上の技巧の問題ではなく、女を包み込む女の世界との関係のドラマであった。そこでは梅若丸の声は誰にでも聞こえ、その姿の幻影は今日客席にいた人には全て見えただろう。しかし問題は梅若丸ではなくて、人間を包み込む世界と人間の闘いであった。そこには疑い様のない世界があり、その世界と闘う女の姿があった。
それが友枝昭世の「隅田川」であった。
私はかって友枝昭世の亡父喜久夫の「隅田川」を見て、先頃彼の嗣子雄人の「隅田川」を見た。友枝家三代の「隅田川」。そのなかで友枝昭世はその父にもなく、その嗣子とも違うドラマの構造を発見した。私はここに至る友枝昭世の円熟を思い、その演劇としての密度の高さを思わずにはいられなかった。
『渡辺保の歌舞伎劇評』