芳澤壱ろはの誕生
江戸時代の女形の名家は、芳澤あやめの芳澤家、瀬川菊之丞の瀬川家、岩井半四郎の岩井家の三軒であった。芳澤家は初代芳澤あやめが歌舞伎の女形を築いた人であり、二代目、三代目と名女形を輩出したが、幕末の芳澤いろはを最後に絶家してしまった。
一方「京鹿子娘道成寺」を踊った初代中村富十郎は、初代あやめの三男に生まれて中村家に養子に行った人である。ついこの間亡くなった富十郎は、その子孫にあたって実家の絶家を悲しんで、その墓を整備し、娘の渡邊愛子に「いろは」を継がせたいと思っていた。それがようやく今度実現した。「芳澤いろは」を「壱ろは」としたのは、愛子が舞踊家のためだろう。歌舞伎役者ではないが、歌舞伎の名家が復興し「芳澤壱ろは」が誕生したのは目出度い。九月二十一日、国立能楽堂。演目は壱ろはが千歳、三番叟を藤間勘十郎が踊る「種蒔三番叟」と、もう一本は苫舟構成の「鐘供養芳澤絵姿(かねくようあやめのすがたえ)——壱ろは道成寺」である。
最初の「種蒔三番叟」は、勘十郎の三番叟が黒紋付袴、壱ろはの千歳も高島田風の鬘に衣裳、作り物の松を鈴に見立てたものを捧げて先に立つ。二人が橋掛かりへ出て清「その昔」で三味線が入った時、私は思わず胸が熱くなった。あれだけ芳澤家復興を思っていた富十郎が、これを見たらばどれほど喜んだことだろうかと思ったからである。御承知の通り「種蒔三番叟」は、本来「舌出し三番叟」と呼ばれる曲の改訂版。原曲は舞踊のもっとも古い流派の一つ「志賀山流」の流れを汲む初代中村仲蔵を敬慕していた三代目中村歌右衛門が江戸から大坂へ帰る「御名残り」の狂言である。歌詞にもいわく「その昔、秀づる鶴の名にし負う、志賀山風流(ぶり)の三番叟」。「秀づる鶴」はすなわち「秀鶴」——仲蔵の俳号である。歌右衛門には志賀山流を継いでいた仲蔵の、そのまた原点の「その昔」を訪ねる気持ちがあって、それが清元の曲にも反映している。それはまた「御名残り」でもあり、原点回帰の想いであり、しかしこれはまた壱ろは出発の「御目見得」である。昔を偲び伝統へ回帰すると同時に新たな出発でもある。そういう儀式の雰囲気が舞台に流れた。
勘十郎の三番叟は、品格正しく清涼、柔らかそうに見えて厳静、軽さの中に重みをもって名品だった。後半長持ち唄の清「さて婚礼の吉日は」で裃袴に着かえる辺りの面白さはリアルであって踊りになり、踊りであって余計な情緒に流れず、目の覚める出来であった。その前の清「宝づくしや宝船」では、下手立ち身の三番叟、上手座った千歳がともに船に乗っている景色を見て、私はかつて見た七代目坂東三津五郎の三番叟、十七代目中村勘三郎の姿を思い出した。勘三郎には舅六代目への敬慕の念があって、六代目の相手役であった七代目三津五郎にも尊敬の念が深く、その深さはこの件りでも私の身に沁みた。この向きだと先に立つ千歳の勘三郎には三津五郎の動きは見えない。それでも同じ船に乗っているからは動きが一致しなければならない。勘三郎のイキが合う具合は、三津五郎への尊敬の結果に他ならなかった。今度は勘十郎が壱ろはをリードしているが、やはりあの時の様な厳粛な空気が周囲に立ち籠めた。勘十郎にも富十郎を偲んでその娘壱ろはを助けるという気持ちがあり、それがあの三津五郎と勘三郎の舞台に通じていたからである。襲名のどんな「口上」よりも感動的な瞬間であった。清元は美寿太夫、菊輔ほか。
二番目の出し物は、壱ろは襲名に因んで苫舟(藤間勘十郎)構成の「鐘供養芳澤絵姿——壱ろは道成寺」である。俗に「いろは道成寺」というものが存在するという説があるが、実は伝説に過ぎない。現に芳澤いろは最後の舞台になった「道成寺」も「京鹿子娘道成寺」であった。したがってこれは芳澤いろはをしのんでの新作である。といっても「京鹿子」が土台になっていることはいうまでもない。しかし長唄も義太夫も使わず、道行から鐘入りまで全曲清元と常磐津の掛け合いにしたアイデアとその二派の割り振りが巧い。ドラマの輪郭は常磐津、叙情的な部分は清元と使い分けて、しかも両派ともにもとは豊後節という共通点を巧く使っている。今回この作品が成功した第一の原因は、この音楽の使い方にある。
はじめは橋掛かりを花道として使った道行。巧くアレンジして「さりとては」も「浜千鳥」も「咎なき鐘を恨みしも」も見どころはちゃんと入っている。新壱ろはは白地に裾にあやめを描いた打掛け、島田風の高島田で、この道行が全段中第一の出来。鐘を恨む女の道行の性根が叩き込まれていていい。
続いて本舞台へ来ると、打掛けを脱いで桜色の着付け。帯はいつもの黒地に狂言丸である。烏帽子を付けての乱拍子、急の舞は常磐津、続いて「鐘に恨みは」の鐘づくしは清元という具合である。
「いわず語らぬ」の手踊りはカットで、「毬唄」は廓づくしではなく「京鹿子」の坊主の祈りの「春は花見の」を入れて四季の踊りになる。春夏と賑やかに済んで秋冬でしっとりとしたクドキ模様になって恨みの気配になるのも巧いし、「つい見習ろうて」や「ふっつり悋気」の高音部が清元になるのもいい。
続いて「山尽くし」「ただ頼め」を抜いて、狂いになる。「花の姿の乱れ髪」から橋掛かりへ行き、シテ柱に絡むのは面白いが、橋掛かりから何度か本舞台に戻ろうとする怨念はさすがに精一杯で手に余った。
総じてクドキが四季仕立てになったり、踊り地が入ったりと、「京鹿子」を土台にしながら目先が変わっていて私には変に能掛かりの「紀州道成寺」などよりずっと面白かった。いい新作である。もっともこれは壱ろはのために作られた作品だから、彼女の当たり芸であり、彼女の一手専売だろうが、一般にも流行りそうである。
『渡辺保の歌舞伎劇評』